
あらすじ
・第1部
アフリカ呪術研究の
第一人者でありながら
アル中の民族学者・
大生部多一郎(おおうべたいちろう)は
テレビの人気タレント教授となり、
番組を通じて「超能力者狩り」の手品師や
超能力青年らと出会う。
一方、8年前に
東アフリカで調査中の気球事故により
長女・志織を失い、
大生部はアル中に、
そして妻・逸美(いつみ)は
心を病んで
新興宗教「聖気の会」に
のめり込みはじめた。
大生部はミスター・ミラクルと共に
教団が見せる「奇跡」のトリックを暴いて
妻を取り戻そうとする。
・第2部(ネタバレあります)
テレビプロデューサーの
馬飼は、大生部一家(多一
郎、逸美、納)と道満、
清川、水野をはじめとした、
テレビクルーたちと共に
ケニアへ向かわせる番組を立ち上げた。
番組の多額の予算を作る企画を通した。
ケニアの奥地、
ウガンダに近いクミナタトゥという村で
呪術師の取材を行う目的であった。
途中、呪術師オプルは
大生部の家系は呪術師の家系だと告げる。
一行はさらに進み
クミナタトゥでバキリという呪術師に出会う。
バキリのキジーツ(呪具)は
バナナのキジーツで、
その実態は死んだはずの大生部の娘、志織だった……。
・第3部(ネタバレあります)
志織を奪還した大生部たちは日本に帰国した。
7年後、大生部の関係者たちは、
次々に不幸に見舞われる。バキリが日本まで志織を取り戻しに来ていた。
大生部一家と呪術師バキリとの
最終決戦が幕を開ける。
(ソース:ウィキペディア)
感想
世の中には「面白い小説」と
「とんでもなく面白い小説」がある。
『ガダラの豚』は間違いなく
「とんでもなく面白い小説」である。
物語は、超能力、オカルト、宗教、
テレビ、アフリ力、学問、
詐欺、呪術……と、
まるで鍋のように雑多な要素を
詰め込みながら疾走する。
にもかかわらず、
不思議と散らからない。
むしろ混沌そのものが、
この作品の核になっている。
そしてなかでも
本作が傑出しているのは
圧倒的な人物造形の巧みさと
ユーモアではないだろうか。
ページをめくる手が止まらないとは
まさにこのことだ。
主人公を筆頭に、
登場人物たちは
誰もが一筋縄ではいかない。
癖が強く、どこか胡散臭く、
ときに滑稽でありながら
妙に憎めない。
気がつけば
多くの人物に感情移入している。
どこか愛おしく感じてしまうのだった。
この作品は
そんな人間味溢れる人たちの姿を
笑いと混沌の中に
描き出した物語だ。
そして……
本作は呪術や宗教、メディアを扱った
スケールの大きな物語だが、
読み進めるうちに気づく。
これは同時に、
家族の物語でもあるのだと。
家族の再生の物語でもあるのだと__。
背筋もぞっと凍るような
恐ろしいストーリー展開のなかで、
この豊かな人間ドラマへの昇華が
物語に輝きと深みを与えている。
恐ろしさや笑いの奥に、
人間の尊さがあるのだ。
読み終えたあとに残るのは
混沌のスリルだけではない。
混沌の物語であると同時に、
それは再生の物語でもある。
それにしても、中島らもさんは天才だ。
読みながら何度も吹き出してしまうが、
しかしその笑いの裏側には
じっとりとした怖さがある。
このユーモアと恐怖の同居は
なかなか癖になる。
「とてつもなく面白いエンタメ小説は?」と
聞かれたら、私は迷わない。
むしろ前のめりになる。
『ガダラの豚』である。
声を大にして言いたい。
これは面白さの密度が異常な小説だと。
著者紹介
中島 らも(なかじま らも、1952年〈昭和27年〉4月3日- 2004年〈平成16年〉7月26日)は、
日本の小説家、劇作家、
随筆家、広告プランナー、放送作家、ラジオパーソナリティ、ミュージシャン、
俳優。
死没 52歳
本名:中島 裕之(なかじま ゆうし)。
ペンネームの由来は、
無声映画時代の剣戟俳優、羅門光三郎から。
活動当初は「羅門」「Ramon」「らもん」等の
ペンネームで雑誌に詩の投稿をしており、
仲間内でも「らもん」を名乗っていたが
「読者に名前を覚えてもらいやすいように」と
1982年に「らも」に改名した。
兵庫県尼崎市出身。
灘中学校に、
約150人の入学者中8位の成績で合格。
しかし、ある教師の一言から、
自分を取り巻いている環境に幻滅し、
「親や教師に言われるままの勉強ロボット」に
なっていたことに気付いたらもは、
灘校在学中に、趣味に没頭した。
酒、たばこ、そして薬物にも手を出し始める。
これらの悪さのために、
成績が急降下。
授業もテストも受けずに「番外地」で灘校を卒業することになった。
大阪芸術大学放送学科卒。
広告代理店社員のコピーライターを経て
小説家デビュー。
作家活動のほかに、
劇団「リリパットアーミー」主宰、
俳優、ミュージシャンなど意欲的に活動。
ほか、自主的団体
「全国まずいもの連盟」会長を自称した。
一男一女の父で、長女は作家の中島さなえ。
1992年、『今夜、すべてのバーで』で
第十三回吉川英治文学新人賞を受賞する。
1993年、『ガダラの豚』で
第109回直木賞候補となる。
翌年、同作で第47回
日本推理作家協会賞
(長編部門)を受賞する。
後に、らもは「躁鬱病は
父親から、アル中は
伯父から受け継いだ」と
語っている。
父親は開業歯科医をしていた。
後のらもと同じく、
父親も躁鬱病を患っていたといい、
それに起因すると思われる奇行を度々繰り返していた。
(小学生だったらもに突然
「裕ちゃん、今日は太陽が西から昇る」と
言い出しそのまま入院する。
また伯父(父の実兄)は
酒販店を経営していたが
失敗して「浮浪者同然」になり、
泥酔して中島家に金の無心に来て
断られては玄関先で暴れていたという。
らもは、多忙な人気作家となるも、
飲酒や薬物の摂取がもたらす酩酊から
着想を得ていて、
やがて連続飲酒を繰り返すようになる。
アルコール依存を自覚していたらもは
極度の疲労感、食欲の減退、体重減少、嘔吐、失禁、
異常な尿の色、黄疸を自覚するようになり、
1988年秋、アルコール性肝炎と診断され、
大阪府池田市内の病院に
50日間入院。
後にこの体験を基に、
小説『今夜、すべてのバーで』を書いている。
2004年7月15日、
神戸市内で行われた三上寛、
あふりらんぽのライブに飛び入り参加。
終演後に三上寛と酒を酌み交わし別れた後、
翌16日未明、飲食店の階段から転落して
全身と頭部を強打。
脳挫傷による外傷性脳内血腫のため
神戸市内の病院に入院、
15時間に及ぶ手術を行うも、
脳への重篤なダメージにより深刻な状態が続き、
自発呼吸さえ出来ない状態に陥る。
入院時から意識が戻ることはなく、
事前の本人の希望に基づき、
人工呼吸器を停止。
同月26日8時16分死去。52歳没。
(ソース:ウィキペディア、
一部Amazon)